モンテリッジョーニ
【第五話】イタリア巡礼路を辿る†~魂を彩る神聖な旅~
前回に引き続き、今回も巡礼路フランチジェーナ街道(Via Francigena)にある街を覗いて参りましょう。今回ご紹介するのは、シエナから20km程の距離に位置する、モンテリッジョーニ(Monteriggioni)です。モンテリッジョーニ市はトスカーナ州シエナ県に位置し、人口1万人弱で自然の多く残る地域です。ピアン・デル・ラーゴ(Pian del lago)、ピアン・デル・カゾーネ(Pian del Casone)、イル・カンネート(Il Canneto)のような小さな平野がいくつもあり、地域の中央部と東部を特徴づける小川や、それらの小川によって形成された谷など、美しい風景を眺めることが出来ます。そんな大自然の中に悠々と佇む城壁に囲まれた場所が、モンテリッジョーニです。この街の名前は、その特徴的な城壁の形状に由来しています。”Monte”は山、”Riggione”は尖った形状のことを指し、「尖った山」という意味であり、その名の通り、街を取り囲む城壁はまるで尖塔のような形をしています。フランチジェーナ街道の監視や、周辺地域への防衛のために築かれたこの城壁が特徴的な要塞の街は、今もなおその堅牢さと美しさを誇る街なのです。
一言に「モンテリッジョーニ」というと街にある城を指すことが多く、毎年9万人もの観光客が訪れる場所でもあります。モンテリッジョーニは1200年代初頭、シエナ共和国により主に防衛を目的として建設されました。当時敵国であったフィレンツェ方面にあるエルザ渓谷とスタッジャ渓谷を牽制し、またフランチジェーナ街道を監視できるアラ山に建設され、何世紀にもわたってシエナ共和国の独立を守っていたのです。そしてモンテリッジョーニ城は、カルボナーイエ(Carbonaie)で囲まれていました。カルボナーイエとは、石炭や薪で満たされた堀のことで、敵からの攻撃を防ぐために火を放ち、使用されたと考えられています。丘の上に水で満たした堀を築くことは難しかったため、このような方法が取られたのでしょう。またダンテ・アリギエーリが神曲で言及した城としても有名で、現在もその言及通り14の塔(内側に突き出た15番目の塔もある)がちりばめられた城壁をしており、その姿はまるで王冠のように堂々として威厳があります。
中世を感じさせる門をくぐると、ロマネスク様式の教会や観光案内所などが見渡せる大きな広場に出ます。広場にはレストランや特産品・土産物を売る店もあるので、観光の際の買い物も楽しむことができるでしょう。モンテリッジョーニ・イン・アルメ(Monteriggioni in Arme)博物館は、この町の歴史と軍事的な遺産を探求する絶好の場所です。1213年にシエナ人によって築かれ、1554年にフィレンツェ人によって征服された城の歴史を特徴づける、中世とルネサンス時代の武器や甲冑の模造品、そして攻城戦における戦術を示す模型が展示されています。武器に触れ、扱ったり、その重さを量ったり、また鎧を身につけたりというイタリアの武具博物館の中でもとても貴重な体験ができます。
城壁の一部には上ることもでき、見渡せる景色は絶景です。町そのものや周囲の丘、特にモンタニョーラ・セネーゼ(Montagnola Senese)というシエナを代表する丘陵地帯の素晴らしい眺めはぜひご覧いただきたい見どころの一つです。ミズナラ、カエデ、高地にはクリ、下草にはスイカズラ、ヒイラギ、イチゴの木などが生い茂っているのが特徴で、この景色は中世の時代、城壁から周囲を監視していた兵士が見ていた景色でもあります。何百年もの時を超えて、誰かが見ていた景色を追体験できる機会はなかなかありません。
フランチジェーナの長い巡礼路を進んできた者の目には、広大な平原の中に鎮座するこの城の姿はどのように映るのでしょうか。広大な平原の中にそびえるその城の姿は、旅の終着点を示すように見えるかもしれません。しかし、それは新たな出発の始まりでもあります。それぞれの巡礼の旅を労い、荘厳な雰囲気の中にも温かさを感じる歓迎を受け、旅の疲れを歴史深い町で癒した後の再出発は清々しく、また雄々しい気持ちで歩みを進められるに違いありません。
文責/アドマーニ